役に立つから勉強するのか?

0

    こんにちは。講師の小野です。

    久しぶりの登場ですが、よろしくお願いします!

     

    梅雨が明けて本格的な夏が始まり、本当に毎日がしんどいです。

    というのは半分嘘で、ほとんど外に出ず、家や屋内で過ごしている私はクーラーで癒されてますw...

    ただ、本当に外に出ると暑くて死にそうです。

     

    しかし、私も1,2年前までは40℃のなか練習していました。

    今考えると本当にあほみたいですねwwですが、今思えば毎日が生き生きとしていてワクワクしていたなあと思います。

    戻りたいかといわれたら微妙ですけど...

     

    さて、最近私はこんなことを思います。

    なんで数学は将来使わないのに勉強しなければいけないのか。

    小学生や中学生、高校生の人たちがよく言います。

     

    小学生は算数ですけど。で、少し考えてみました。

    数学は過去や現代、そして未来に役立つ学問です。

    なので、数学は必要です。

     

    けれど、全員に必要なわけではありません。

    だって、専門家が知っていればいいのだから。

    そして、その専門家になるのは興味のある一部の人でいいのです。

     

    なので、数学が役に立つからという理由は成り立ちません。

    では、数学が楽しいからではないかと思いました。

    実際、私は数学が楽しくて勉強しています。

     

    色々な問題を解いたり、考えたりするのが好きなんです。

    たまに全然思い浮かばないときもありますど、それを脱出したときの感覚が最高なんです。

    学者にはなれなくても数学を楽しむことはできるのです。

     

    少し話がそれてしまいました。

    つまり、数学が楽しいから勉強する、これが理由なのではと考えました。

    しかし、これには決定的な誤りがありました。

     

    それは全員が全員そうではないということです。

    楽しいかどうかは人によります。

    実際、楽しいという人は少数派で、ほとんどの人が数学は楽しくない、つまんないと思っています。

    なので、全員に対しては成り立たないということになります。

     

    さあ、ここで私はつまりました。

    どういう理由なのだろうと。役に立たないのになぜ勉強するのか。

    このとき、ふと思いました。

    そもそも役に立たないという理由で勉強しないというのはどうなのか...役に立たないから勉強しないのか?

     

    では、役に立つものなら勉強するのか?

    そして、最終的な結論に達しました。

    役に立つから勉強する、役に立たないから勉強しない。

    こうではない。自分で勉強したものそのものに価値がある。

     

    自分で勉強したそのものが人生に役に立つのだと思うのです。

    もっと言えば、勉強だけに限らずすべての物事に対して言えます。

    自分でやったことは何でも価値があるのです。

     

    そんな風に思うようにしています。

     


    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930     
    << September 2019 >>

    パスカル進学ゼミの本棚

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM